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ムンク展に行ってきた

東京都美術館
2018年10月27日〜2019年1月20日
オスロ市立ムンク美術館が誇る世界最大のコレクションを中心に、約60点の油彩画に版画などを加えた約100点を展示。

「ムンクの叫びを直で観れる!」

これが美術展に行った動機だった。
恥ずかしながら予備知識がなさすぎて、「ムンクの叫び」は絵画のタイトルで、そこに描かれた人物の名前がムンクだと思っていた。
画家の名前がムンクということを知らなかった。

エドヴァルド・ムンク(1863-1944)。
ノルウェーの画家。
独特の色使いに筆使い。
筆先がキャンパスに触れてから離れるまでの数が多い油絵を注目するようにして観た。

ムンクの「叫び」そして似た構図の「絶望」。
「絶望」が1894年(31)に描かれ、「叫び」が1910?年(47?)とある。
同じ時期に描かれたように思えたが、15年ほど間がある・・・。
調べて分かったのだが、いわゆるよく目にするムンクの「叫び」は1893年(30)に描かれたとのこと。
ムンクの「叫び」は現存するだけで、3点の絵画と、版画が複数あるそうだ。

このように年月が経過してもコピーであるかのような作品やモチーフが変化していくタイプの作品が多くあることに驚いた。
経済的な理由である説が有力らしい。販売後にまた同じ絵を描くということか。

さて。「叫び」以外でも僕の中で特に印象に残った作品をいくつかピックアップ。

「マドンナ」
1895年(32)
率直にキレイだなと思った。似たリトグラフが3点展示されていた。

石版(マドンナ、吸血鬼 II)
1895-1902
「マドンナ」と「吸血鬼」が対となる石版。個人的には「表裏」の位置付けのように感じることはできなかった。
強いて言えば、「静」と「動」という印象。

「ブローチ、エヴァ・ムドッチ」
1903年(40)
「マドンナ」では瞳がとじらていて表情を伺い知ることができなかったが、この作品は表情全体が描かれている。
ただ、こういう表情は怖いくらいに惹きつけられて、目が離せなかった。
「マドンナ」に匹敵してもいいように感じた。

「クピドとプシュケ」
1907年(44)
色使いと筆使いがここまで分かりやすく力強い作品は他になかったかもしれない。
特に縦のラインが印象的。
男女を色のコントラストが表現していて、女性の影が男性の色使いで、男性の存在の重みを感じる。

「太陽」
1910-13年(47-50)
1910年前後の作品、「クピドとプシュケ」「マラーの死」「すすり泣く裸婦」は特にいい。
その中でもこの「太陽」は圧巻。キャンパスサイズが大きいのも関係しているかとは思うが、この良さは実際に見ないと感じれない作品かもしれない。
印刷物やインターネットの画像での印象とは全然違う。
実際には色のメリハリや塗りの厚みのこぼこが作品を魅力的にしている。
これは直で観れた冥利に尽きる。

「月明かり、浜辺の接吻」
1914年(51)
1895年に描かれた「接吻」をはじめ、似たモチーフの作品はたくさんあった。その中でもこの油絵が個人的には好み。
二人の溶け具合と海に反射する月明かりの揺れ具合がいい感じに合間っている。

「吸血鬼」
1916-18年(53-55)
1895年の作品をはじめ、このモチーフの作品も数多くあった。
20年に渡っても作品の劇的な差を感じないところがむしろすごい。
どうやって過去と今の作品をきっかり使い分けているのだろう。
「吸血鬼」タイトルに引っ張られて怖い印象を持ってしまいそうだが、ぼくは全く怖さを感じなかった。
むしろ愛ゆえの表現に思えた。

「皿にのった鱈の頭と自画像」
1940-42年(77-79)
晩年の作品。この作品からは彼に似つかわしくないと言ったら失礼にあたるかもしれないが、言葉にするとしたら「繊細」というフレーズが思い浮かんだ。
皿にのった鱈が骸骨のようにも見えてそれがさらに大胆の中にも表情がない無というか、ストレートというか、そんな印象を持った。

そういえば、作品の要所要所に月と海に反射する月明かりが描かれている。
もし彼が自身のロゴを作ったとしたら、きっとそれを使っていたかもしれない。